私が12歳の時の思い出である。
 我が家の入植地は川の縁にあって、本当によい所であった。長い冬ごもりから目覚めたヤマベやイワナが元気よく泳ぎだしていた。雪の下では餌が不足しているのだろうか、枯れ葉をちぎって落としても、餌かと思って飛びついてくる。これは釣れそうだと、さっそく釣りを始めた。
 釧路から来た大工さんに「餌はこれが良い」と筋子をもらって水面に糸を垂らすと無数の魚が集まってきて、面白いほどよく釣れた。30分ほどで40から50匹も釣れた。魚釣りは面白くて、学校から帰ると、すぐに取りかかる日課となった。2時間ほどで100匹以上釣れることが多かった。母が「料理をするのが大変だ」というので、釣った魚の腹を裂き、水洗いするのが私の大仕事だった。
 夏休みになって、友達と魚釣りに行くことを約束した。川に下りて釣り始めた時のこと、何だか水面が騒がしい。よく見ると魚が黒く固まっている。背中の黒い、一尺もあろうかと思われるヤマメもいる。さっそく糸を垂れたが、さっぱり食いつかない。その時、何か赤い物が動いている。それは初めて見る大きな鱒であった。手でも捕れそうだと、2人はずぶ濡れになって悪戦苦闘したが、捕らえることができなかった。
 それから数日後、友人が、「家の川の洗い場に鱒がたくさんいるから捕るべー」と誘いにきた。さて、捕ると言っても道具がない。川に過リン酸入りのカマスが水にさらしてあった。そのカマスの底に小さな穴を開けて網の代わりにしてみた。だが、鱒はなかなか入ってくれなかった。それでも叩いたりして家に持ち帰ったが、誰も喜ばなかった。
 そのころ、食物は不足していたのだが、川に遡上そじょうしてきた鱒は、「ホッチャレ」といって、おいしい物ではなかった。腹には筋子が入っていたが、誰も食べられると思っていなかった。筋子は魚釣りの餌に最高である。塩漬けにして魚釣りの餌として長く保存して利用していた。
 原始の未開地には、あらゆる動物がたくさん生息していた。中でも小鳥はことのほか多かった。風防林側に作付けした作物は、すっかり小鳥に食い荒らされるありさまだった。ある人が内地から霞網を取り寄せて山側に張ったら、網がぶら下がるとすぐに掛かり、食いきれなくて保存食として樽に漬けたそうだ。
 私も隣の人の発案で、ネズミ獲り用の「バッタリ」で獲る方法を覚えた。「バッタリ」とは、ネズミが触れると、「バターン」と音を立てて弾ける状態から、その名が付いたのだろう。馬耕の耕し目に仕掛ける。小鳥が何十羽となく幼虫やミミズを求めて、馬耕の後についてくる。バッタリを仕掛けるとすぐ掛かる。小鳥を取り外すと、またすぐに掛かる。馬耕が一周してくるうちに、20から30羽捕れる。初めのうちは面白かったが、あまりよく捕れるので、だんだん薄気味が悪くなってきた。
 同じ生物でも、魚はさして気にならないが、山鳥は気がすすまない。人間は小鳥によらず、牛でも馬でも喜んで食ってしまう。私はそのころ、子ども心にとてもかわいそうでさびしかった思い出が残っている。
 その年の6月、虹別で「熊祭り」があった。よく意味も分からないまま見物に行った。虹別に着き、シュワン橋を渡り、少し行くと右側にアイヌ民族の部落があった。4、5軒が寄り添うように建っていた。中でも一際大きい家が、泰孝太郎さんの家であることがすぐに分かった。広場では、いろいろと熊祭りの準備が始まっていた。
 アイヌ民族の若い人が、ロープでクマを縛るのに大変苦労していた。しばらくして2本の張り綱をつけて檻
から引き出された。広場に引き出されたクマの回りを15人くらいのメノコが盆踊りのような輪を作り、歌のような祈りのようなものを唱えながら、手拍子を打ちながら回り続けた。
 そのうちに泰孝太郎さんが弓でクマを射た。続いてみなで矢を射た。手負いとなったクマは狂乱した。最初のうちはクマは刺さった矢を口で抜いた。その傷口から血が流れて、とてもかわいそうで見ていられなかった。やがてクマは動かなくなった。私は心に大きな衝撃を受けた。アイヌ民族にとって、熊祭りは重要な行事であるらしいが、私にはどうも理解できないままに終わりそうである。
 12歳の私の忘れられない思い出である。
(2009年発行「自分史 
新天地を求めて」より抜粋)

昭和15年ころの井野牧場 井野孝さん(養老牛)提供


年表(その1
昭和21年
養老牛第1回産犢品評会。
同23年
計根別農業協同組合設立。
同24年
養老牛小中学校を現在地へ移転。計根別農協養老牛支所開設。大暴雪によりカンジウシ山奥で5名凍死。
同25年
中標津町国保養老牛診療所開設。
同26年
養老牛共同放送施設設置。養老牛緬羊農業協同組合。
同28年
養老牛青年会館建設。冷害凶作。
同29年
冷害凶作
(1999年発行「養老牛 栄光の70年」より)
釧路新聞掲載
・養老牛入植80年 【1】→【2】→【3】→【4】→【5】【6】
更新日:2011年 10月 26日 水曜日



北海道中標津町養老牛